大将軍神社に伝わるお話
1)
昔々、京都で3本の指にはいる大金持ち、角倉了以という人のお屋敷が京の都にあったそうや。そこへ胡麻から奉公に上がった娘がいた。名前を「こま」とゆうた。昔は京までゆうたら、山を歩きにあるいて何日もかかるさかいに親元へは年に何回もは帰れへんかったんや。
2)
こまは、このお屋敷でようけぇの娘さんらと同じ部屋で暮らした。わからん事は、こまよりずっと前から勤めている「おたき」ゆう娘が親切になんでも教えてくれたそうや。おたきは 長い黒髪に、雪のような白い肌で そら美しい、気遣いもようできた娘やった。「こま」も、はじめて親元を離れたもんやさかい、おたき姉さん、おたき姉さん と慕っていたんやて。
3)
ある夜のこと。
こまは、どうにも寝付かれへん。他の姉さんを起こしては悪い。こういう夜はじーっとしとるしかない。
・・・と、何か動く気配がするので体は動かさず、そっと部屋を見渡す。しばらく起きているので、暗がりでも目ぇが慣れるのは早い。
4)
すぐに部屋の襖が開く音がして、人が出ていく姿が見えた。間違いない、おたき姉さんや。
さて、どこへ行かはんのやろ。こまが不思議に思とったら、急にふーっと意識が遠なるように眠ってしもうた。
5)
あくる朝、こまが外へ出ようとすると、置いてある履物の中に、濡れた草履があった。そうゆうたら、前にも一つだけ、濡れた草履が置いたあったことがある。
夜中におたきがスーっと外へ出ていく。こまは体が動かん様になって、気がついたらもう朝やった。そんな事が、何日か続いた。おたきは昼間、いつもと変わらん様子で、よぅ働いた。こまも、これは言うたらあかんことの様に思うて、今夜こそ、おたき姉さんがどこへ行かはんのか、見てみたいと心に決めとったんや。
6)
雲ひとつない、月明かりが明るすぎるほどの夜やった。今夜こそは寝るまいと、おたきの立った気配がするや、こまは自分のほっぺたをぎゅーっとつねった。意識が遠なりそうになると、つねった指に力を入れた。こまは静かに、おたきの跡を、つけていった。
暗い夜道を通って、川べりまで出た。おたきは、水の流れを眺める様にしてしばらく佇むと、着物を脱ぎ捨てて下着のまま、ザブンと音をたてて川へ飛び込みよったそうや。
「あっ!!」
こまは、思わず出そうになった声を、慌てて飲み込むと、必死でその場から逃げようとした。
7)
なんと、おたきが飛び込んだ川面から、真っ白な美しい大蛇が顔を出したかと思うと、こまの方に向き直った。もしかしたら、おたき姉さんは、あの大蛇に食べられてしもたんかもしれん。そう思うと、こまは足がすくんで動けん様になってしもた。
「ちょっとお待ち!」
声が聞こえて目を開けると、目の前に居たのは全身びしょ濡れになったおたきやった。川を振り返ると、白い大蛇はもうおらんかった。
8)
「姉さん、堪忍してください。この事は誰にもいいません」
おたきの正体を知ったこまは、必死で頼んだ。
「絶対に、言わないと約束するなら許してあげましょう。その代わりに、角倉のお屋敷からはお暇をもらって胡麻へ帰ってほしい。こまには、私も世話になった。二度とお屋敷に戻ってこないなら、これをあげましょう」
9)
いつもの様にやさしい顔に戻った おたきから手渡されたのは、白い筋の入った朱色の石。
「これは雨乞の石とゆうて、里が日照りで困った時に、井戸につけてお祈りすると、雨に恵まれるんや」
そう言うと、おたきはすーっと、消える様にいなくなってしもうた。
こまは、おたきとの約束を守って角倉のお屋敷から、胡麻に帰ってきたんやて。
10)
今でもこの「雨乞い石」は、上胡麻の大将軍神社に大事にまつってあって、日照りが続くと地元の人たちが集まって井戸の水につけて、お祈りをしはるそうや。その時は、不思議と雨に恵まれるということや。